服好きな大学生の僕の手記。

レッドブルに応援されたことがありません。 日記 2026-6-21

『ポケットモンスター・リーフグリーン


をやっていました。みんなもやったか?

 

大人ってホントゲームやらなくなる。

親から頂いたかけがえのない時間を平日50時間費やし働き、やっとの思いでたどり着いた休日を二日ぐらい献上して「よし、やれそうかも」と思ってようやくスタートラインに立つ。それがゲームだ。しかしこれも、体力を残していた場合によるが。

だからおじさんやおばさんは、自分”を”作ったゲームばかりやっている。

自分"が"ではない。自分"を"構成した思い出のゲームという話だ。

思い出や当時の空気を目いっぱい吸い込むことで、人生を構成した部品を、もう一度取り外して眺めるみたいな遊び方だ。

レトロゲームって懐かしいんじゃない。自分がどんな人間だったかを観察する装置なんだと思う。それだと足を踏み出さなくてよい分、いくらか気軽に出来るというものだ。

 

 

 

ところで......

子供の頃は気にも留めなかったことが、大人になってから急に引っかかることは往々としてある。お前だよ。クチバシティの木

邪魔すぎ

何をしているんだ行政は。市民から苦情とか来ないのか。

というか秘伝マシンで木を切る文化をやめろ。造園業者を呼べ。

...........

 

 

 

 

すみません、セキチクシティの方が凶悪でしたわ。

インフラを10歳児に委託する大人たち。未整備林を整備しろ。造園業者を呼べ。ストライクを数匹雇え。

未整備の木たち
パーティ構成

基本パーティはこんな感じ。なぜ全く育っていないニャースがいるのかわかりませんが、おそらくもっとも育てたケンタロスを外してレベル上げをおこなっているところですね。

このケンタロスが今回の旅で一番働いていた。

 あばれる

 あばれる

 あばれる

 またあばれる

 もはや技ではない。勤務形態だよ。

チャンピオンロードも四天王もライバルも全部あばれて終わったし。ライバルなんか可哀想だった。本編で何度も切磋琢磨してきて、

「はッはッ うれしいぜ! ライバルの おまえが よわいと はりあい ないからな! おれは ずかん あつめ ながら かんぺきな ポケモンを さがした! いろんな タイプの ポケモンに かち まくる ような コンビネーションを さがした!」

と”お互い全力を出し尽くそうぜ”みたいな空気を出していたのもつかの間。

幼馴染の選択してきたポケモンは牛。しかも大暴れしている。チャンピオンの部屋でわき目もふらず、恐らく目も白目だけになっていたと思う。怖い。ポケモン勝負とかじゃない。彼は職場に突然あばれ牛を放たれた被害者である。

 

その後はサイクリングロードを何往復もして同じ顔の暴走族を倒しまくってるうちにレジェンズアルセウスがやりたくなったので、ここらで終わりとした。お願い。ルビー・サファイア・エメラルドも出してくれ。

 

『ケーキの切れない非行少年たち』

ところで、「ケーキの切れない非行少年たち」を読んだことがありますでしょうか。

僕が住んでた地方では、中学生ぐらいまで不良が生き残っていました。

『クローズ』や『特攻の拓』に感化されたかのような所謂ヤンキーなんて、都会の感覚では時代遅れの産物だと思うかもしれませんね。

でも事実、僕の住む治安の悪い地域では確実に存在していましたし、EXILE、格闘家、高校生ラップ選手権、海外のギャングスタなど憧れの対象を細分化していきながら、彼らは根強く生き残っています。

もちろんその中で本当の非行に走る人はごく一部ではありますが、つまり自分たちは非行少年の一部をもって育ってきたとも言えますね。

だから当時、学生だった僕は、そういう人たちとそれなりに同じ空間で過ごしてきました。

自分は優しい人間だと言い暴力をする人

相手の言葉の意図より、自分が感じたことだけを信じる人。

被害妄想が暴走する人。

 

「ケーキの切れない非行少年たち」で言及されていた非行少年の特徴として、まさに、他社への認知が弱く、相手の背景を創造できない故に、変に被害感を増大させてしまうという話が出ていましたが、

正にそういう人とは、うまく共存しつつも、どこか関わりたくない。深く関わるとろくなことにならない。というような感覚でいました。

 

しかし、「ケーキの切れない非行少年たち」を読み終わった後だから言えますが、この本は決して”こういう特徴の人間に気を付けよう”などという本ではありません。

むしろ逆で、彼らの認知の弱さや、犯罪心理、なぜ殺人を犯した非行少年が、「僕はやさしい人間です」と答える理由を、彼らの視点から考え共感するための本ですらあると考えています。

僕の地元の不良と一括りにしましたが、彼らの中身もピンキリで、

賢いけど家庭環境が悪いヤツ、学校に馴染めず素行不良になったヤツ、たまたま周りの友人がグレて流されたヤツ、モテる為に虚勢張るヤツ、悪い所も良い所もある。つまりは「不良」というラベルだけでは、誰一人説明できない普通の中学生でした。

価値観の違う相手の内在的な論理もできるだけ好意的に解釈し、その人間が、その論理を獲得するに至った背景を考慮できる人間を私は”優しい人間”だと思いますし、そうありたいとも思います。

「言葉じゃなくて、気持ちを伝えんのよ」 日記 2026-3-10

SNSに”卒業”と書かれた黒板アートが回ってきた時、あんなに学校を憎んでいた僕も「子どもたちの...未来を守りたいッッ!!!」という気持ちになります。自分の未来も補償できていないのに。

『天元突破グレンラガン』

アニメ版を視聴しました。

見る前に友人から「序盤はあんまり面白くないかもだけど!!我慢してみたら後半めちゃくちゃ面白いから!!!」と言われていたのですが、序盤はつまらないとかそんなことは全然無く、むしろ序盤が特に大好きです。

カミナとシモンのセリフが王道のロボットアニメを演出する。後半のシリアスな展開と大人っぽい魅力も良いですが、僕はヴィラルがまだ悪役しているこの頃の雰囲気が好きですね。

グレンラガンはとにかくテーマが良い。

カミナ「お前のドリルで天を衝け」

螺旋とドリル。これが作中でも重要なテーマの一つである。ロボット達に上手く組み込まれたデザインになっているが、シモンたちが一部、二部にわかれて同じような運命をたどろうとするループ構造にもうまく取り入れられてる。

はたまた、アンチ=スパイラルに対抗したロージェノムやかつての英雄たちと同じような道をたどるシモンたちを表していると思う。ドリルは回る。回転するドリルは同じ箇所をループしているように見えても、少しずつ少しずつ進んでいる。まるで人生、それがシモンのドリルだ。

カミナ「いいかシモン、自分を信じるな。俺を信じろ、お前を信じる俺を信じろ」

ガイナックスの作風?なのか。脚本家の悪ふざけなのかわからないが、とにかくめちゃくちゃ数字をインフレさせるパワー技も結構好きです。本質的には深く考察するようなアニメではなく、いっけぇぇぇええええええ!!!というテンションで観た方が僕は楽しめましたね。

『野原ひろし 昼飯の流儀』

漫画版から独特な雰囲気があり、インターネットミームになるほど存在感のある作品ですが、アニメ化してもきちんと空気感を残していて良かったです。

孤独のグルメが流行った際に頻発したサラリーマンの孤独飯、的な立ち位置の作品の一つですね。最近は異世界飯のような飯系アニメが過多になっていた傾向もあったので、こういうシンプルな作品が逆に珍しい。

クレしんに登場しないオリジナルキャラクターと比べ、全編通してひろしとカワグチの白目の無さが不穏ですね。こんなに白目の無い男が会社員としてやっていけるのか心配です。

特に駅弁回のひろしとハンバーグレストラン回のひろしはキャラデザの浮き具合が他より強調されており、ずっと見ていると不安になってきます。自分のことを”ひろし”だと思い込んでいる”なにか”感が強くておすすめです。

完全に穿った見方ですね。ただ映画版のクレしんはそういう所もあるので。

「ナポリタンにピラフ、こりゃまた懐かしいな」

『国宝』

今更になりますが、リバイバル上映で『国宝』を観ました。

邦画を映画館で観るのは久しぶりでしたが、周りの人が絶賛している理由がわかるぐらい、素人目から見ても凄く精密に作られた作品であることがわかりました。

ドキュメンタリーのような構成で、喜久雄と俊介、主人公二人を主軸に描かれる映画なわけですが、この二人の関係値こそが、この映画で僕が一番注視していたポイントです。作中では、彼らが互いを羨む描写が繰り返し描かれます。

血統と才能、二つの軸に振り回され、歌舞伎に呪われたかのような二人の人生を眺めながら、

「おいおい、どっちが持つ者で、どっちが持たざる者なんだよ」

と何度も作品に問いかけるも、リアリティのある描写はそのような単純な帰結を許さず、

”互いに持つ者であり、持たざる者でもある”

という、なんとも普通で分かりにくい感覚のまま物語は終わります。でも、得てして実際そうだよね。と終わった後トイレで考えましたね。その曖昧さが、作中の人物たちが本当にどこかに存在していそうなリアリティとして、効果的に作用しているのが面白い。

全然関係無いですが、関西弁のイケメンは全員関ジャニだと思ってしまう。という自分の感覚が露呈した映画でもありました。

『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』

本当に面白い。最高の作品です。

ここ数年、オタクのメインストリーム層は変化してきたなあと感じており、ハーレムアニメはそこにあまりマッチせず、むしろ時代に逆行しているので厳しいのではないかと、勝手に思っていましたが、それは杞憂でした。
いつの時代にも名作ハーレムアニメが生まれてくれて本当に嬉しいです。

この作品は主人公が彼女を100人作る。という、もうこれだけでめちゃくちゃキレる人がいそうなコンセプトなのですが、主人公の聖人っぷりと、「彼女を100人作らないといけない理由」にきちんとフォローが効いていて、とても丁寧な作品だなあと感心しました。

と、ここまではコンプラ的な丁寧さの話ですが、肝心の内容に関しても文句なしに面白いです。

ヒロインが100人登場することが確定しているので、どうしてもキャラクターが薄まってしまうのではないか、は作者も読者も危惧していると思います。

しかし実際には、捨てキャラや嫌味なキャラクターがヒロインとして出てくることはなく、作者が「どの子にも、どんな性格にも、必ず魅力がある」と信じて描いているように感じられるので、安心して観ることができます。作者のキャラ愛が強く感じられる作品で、だからこそ100人出しても大丈夫だと希望を抱けます。(悟空「ほんとにそうか?」)

 

しかし、この作品を別格に面白くしているのは、間違いなく主人公の愛城恋太郎です。

彼は、いわゆる鈍感系主人公ではなく、人の心の機微にとにかく敏感で、誰よりもヒロイン一人一人のことを見ている。察し系主人公です。

美少女を見る為に作品を見始めた僕ですが、正直、「ヒロインが可愛い。」ではなく「恋太郎の彼女になりたい」という気持ちが芽生えています。

彼なら誰でも幸せにしてくれるだろうという信頼感がピカイチです。

恋愛アニメの醍醐味である“感情のすれ違い”を起こさない。好意を素直に言えない。なんてもってのほか。個性的なヒロインが次々に登場する灰汁の強いこのアニメですら、だれかれ構わず彼女にし、幸せにしてきます。全ての感情的な問題を、光の速度で濾過できる輝きを放っています。というかむしろ、この人が一番異常かもしれない。

他の恋愛アニメなら「初めてヒロインと一緒に出掛ける」というイベントが起こるまでに、彼は彼女を三人は増やしています。文面だけを見るとカスのような男ですが、実際にアニメを見ると、納得できるだけの聖人だと僕は思いました。

パロディやネタのバランスもちょうどよく、ドラゴンボールのパロディが多すぎることを除けば、手放しに褒められる作品でした。

ちなみに僕はヒロインなら「…な”いんだからね”!!」でお馴染みの院田唐音ちゃんが好きです。

「私はきっと、恨んでしまうだろうからね。国の為、皆の為に己を捧げて生きてしまったら、きっとみんなを恨んでしまう。」 日記 2025-12-12

遊戯王5D's』

遊戯王5D'sがYouTubeで一挙配信していた為、これを機に7月から8月の二カ月かけて、全140話と映画を完走しました。

尚、この全作品である遊戯王GXの記事もあるので、貼っておきます。

rurinoblog.hatenadiary.com

5D's(通称:ごっず)にはライディングデュエルという方式のデュエルが採用されており、キャラクター 一人一人が所持しているデュエル専用のバイク(通称:Dホイール)に乗って、カードゲームを行います。ホビーアニメ特有の勢いとノリを重視した結果に生まれたぶっ飛んだ発想がたまらないぜ...

遊戯王シリーズはホビーアニメの割に”心の闇”をテーマにしている為、意外と重かったりするのもシリーズの魅力ではあるのですが、

特に5D'sの『フォーチュンカップ』~『ダークシグナー編』辺りでは、上層地域”シティ”と最下層地域”サテライト”での社会格差が明確なテーマの一つとなっており、セキュリティ(現実で言う警察のようなもの)に所属しており、サテライト出身者を明確に差別していた人物が、最下層地域の子ども達と深く関わる中で自らの差別意識を改める話など、カードゲーム以外の所でもGXや初代とは違う雰囲気があるのも、5D's独自の魅力だと言えますね。ほぼガンダムです。

正直『クラッシュタウン編』や数ある迷言の影響でネタ要素の強いアニメだというイメージが先行していましたが、予想外の熱い展開に「これはみんな5D's好きになるわ」という納得感、もとい”満足”が回をまたぐごとに満たされていきます。

そして満を持しての『WRGP編』。クッソおもしろいです。チームユニコーン→チーム太陽→チームラグナロクとかいう音楽ならサビが連続する構成。

これまでは苦しい展開になった時は絆の力でなんとかなっていた不動遊星一行ですが、WRGPでは対戦相手チームも当然のように絆を武器として戦ってくる為、これまで以上の死闘感が楽しめます。

ちなみ映画も視聴。

あざとすぎる十代や、遊戯王世界で最重要人物なため事あるごとに命を狙われまくるペガサス、歴代主人公たちの三者三様の処刑BGMが印象に残ったポイントですね。

不動遊星の「2人はこの状況でもデュエルを楽しんでいる……」

というセリフから十代と遊戯の強者感が窺えます。

『ウィッチウォッチ』

youtu.be

守人、監視、見張る、警護。と主要キャラクターの名前がニコを見守る仲間たち(ウィッチウォッチ)となっているのがオシャレ。

キャラクターでは特にカンシが好きで、カンシが絡む回はだいたい面白い。

「あいつ一日に30回ぐらい飯食うぞ!」

「ええ!?」

ところで、篠原健太先生はジャンプでヒット作を3作も生み出している稀有な漫画家なのに、信頼感がありすぎる為、天才扱いされない、過小評価されている漫画家だと思います。

アニメで言うと、僕は最終話25話の学園祭で監志と圭護が漫才する回が好きなんですけど、ギャグマンガ家が漫才を題材にした回を書くの、普通ならかなり勇気がいるかと思います。

それでも、(素人目ですが)違和感なく学生漫才の苦しさが伝わってきて納得感もあるのが、ベテランの腕を感じました。

もう十分レジェンドの領域だとは思いますが、ダークな作品がジャンプでも増えてきているため、日常系の緩いラブコメディマンガを高水準なクオリティで作品を描き続ける職人のような作家さんがジャンプに増えたら嬉しいですね。

『Turkey!』

ボウリングアニメかと思ったら、劇場版クレヨンしんちゃんだった。

 

特にメガネの子、二階堂ななせと夏夢さんの回、7投目 「抱きしめたい、ロフトボール」が非常に良い。

家を捨てて自由を選んだ夏夢と、父親に置き去りにされ、母親を一人にしない責任感で望まぬ形で家に残ったななせ。

「自分がやりたくないこと、人に押し付けて、なにが自由ですか...」

父親が自分の夢を叶えるために家を捨てて飛び出したこと、それは夢を追った父は自由になり、残された側が現実を背負わされたとも解釈できます。

七瀬はそんな父親を今でも恨んでいるからこそ、自分の夢を胸にしまっても母親を置き去りにせずに生きていくことを選ぶんですね。

それに対し、家を飛び出して自由を選んだ夏夢。

「私はきっと、恨んでしまうだろうからね。国の為、皆の為に己を捧げて生きてしまったら、きっとみんなを恨んでしまう。」

この回は、自由を選んだ夏夢がたた逃げたわけではなかったこと、七瀬自身自分に現実を背負わせた親を恨みたいわけではない、自分も本音では自由な夢を持ち抑圧された感情を夏夢とぶつかることで自覚する回です。

可愛い女の子がボウリングするだけかと思っていましたが、予想外に深い描写がされていました。オリジナルアニメはこういうサプライズがあるからやめられない。

研究論理審査に引っかかっちゃうよ~ トホホ 日記 2025-8-12

月姫 -A piece of blue glass moon-』

同人ノベルゲームの名作中の名作、「月姫」のリメイク版をクリアしました。

シナリオゲーム好きを公言していながら、最近は物語を読む時に使う筋肉が衰えてきていたため、久しぶりにガッツリ物語の世界観に浸る体験ができてよかったです。

同人ゲームのヒロインには、古今東西あらゆるオタク達の理想が詰め込まれている為、様々な属性が付与されているのですが、月姫のヒロイン、アルクェイド・ブリュンスタッドは王道をいく吸血鬼キャラとなっています。

僕は吸血鬼キャラクターに込められた最大の魅力は『契約』だと思っています。

吸血鬼と結ばれる縁は、口約束でも、金や法によって縛られるものでもなく、もっと深く重く、血や魂によって結ばれる事が多い。これがオタク的にかなりポイント高いです。
現実(リアル)の人間が恋人や夫婦になっても、出来ることなんて肉体関係と結婚契約ぐらいが最上位だと思いますが、それってあまりに脆いと感じませんか?

吸血鬼とその眷属では、関係値の重さが違う。普通の人間として生きているならば、”眷属”になることなんてまず無いですからね。

そこには主従関係の美学と、運命共同体としての絶対感があります。それまでの人生で構築された、”愛とはなにか”という価値基準を一撃で上書き出来てしまうほどに強力な縁です。

それは一人の人間の一生涯程度で転換できるような脆弱な価値判断ではない。そもそも吸血鬼は悠久の時を生きる存在の為、たかだか百年程度で考え方が変わられてしまうようでは、眷属なんて作れないでしょうね。

そこに我々のロマンが詰まっていると言えるでしょう。

 

『劇場版名探偵コナン』「世紀末の魔術師」

混迷と疑惑の闇に一条の光を

僕はコナンに関してあまり知らないのですが、世紀末の魔術師とベイカー街の亡霊だけは、お酒に酔った時に見る定番として数年毎に見ています。なぜでしょう。

この映画は本当に完成度が高くて見るたびにズルいなとすら思ってしまいますね。

冒頭の歩美ちゃんの家にキッドがやってくる突拍子の無いOP演出の”これからなにかが始まるぞ感”。高層マンションに住みアッパーミドルクラスの娘である事が発覚する歩美ちゃん。正体がバレないよう変声期で話すコナン。新一の事を思い出してナイーブになる蘭。エッグが光った時のオーラの昔のアニメ感。多すぎる鳩。

 

全てのシーンが良い。ここに書くような感想は最早ないんですが、もうフェチズムなのかもしれません、なにからなにまで褒めたくなってしまうほど好きなので、一応書いておきたかったんですね。

江戸川コナン「じゃあ撃てよ。本当に弾が残ってんならな」

『パワフルプロ野球2024-2025』

関係ないけどパッケージの大谷翔平似てなさすぎてオモロ

社会人は友人と会うことが少なくなる

ため、相対的に学生時代より頻繁に会う友人の影響を受けやすいとする層もいます。

僕の場合はメジャーリーグです。基本的にスポーツにそれほど興味が無く、運動部でもない僕ですが、友人が好きなのでメジャーリーグにかなり詳しくなりました。

それに伴い、急にパワプロがやりたくなった為、サク目(サクセス目的)でパワプロの最新作を買ってみました。

 

最新作のサクセス「パワフルフューチャーズ」は、VR空間が舞台で、VR野球をするというかなり尖った作品となるのですが........

まさかのリアルでは地味目のVRアイドルキャラクターが登場します。これが令和のパワプロか........

正直このVR野球というシナリオと世界観がぶっ刺さり、野球はどうでもよくなってしまいました。美少女ゲームの作法はパワプロパワポケ)で覚えたというオタク達も、これにはニッコリ。(二更新に一回のペースでオタク女を褒めてる気がするな...)

 

編成コストが重い割にピーキーな性能をしてる奴 日記 2025-6-29

どうもこんにちは。こんな不定期で更新される日記を読んでくれていつもありがとうございます。

実はここ一年ぐらい、十年ぶりにソシャゲをガッツリプレイしていました。

 

「ソシャゲ」とは、「ソーシャルゲーム(Social Game)」の略称で、日本でよく使われる言葉です。特に以下のような特徴を持つスマホゲームやオンラインゲームを指します。


🔹 ソシャゲの主な特徴

特徴 説明
スマホ向けが主流 iPhoneAndroidなど、スマートフォンで手軽に遊べるよう設計されていることが多いです。
基本プレイ無料(課金あり) 無料で始められますが、「ガチャ」や「スタミナ回復」などに課金要素があります。
ガチャシステム キャラクターやアイテムをランダムに獲得する「ガチャ」がゲームの中心であることが多いです。
フレンド・協力プレイ 他のユーザーとの協力・対戦、ランキングなど、ソーシャル要素が組み込まれています。
イベントや期間限定要素 限定キャラや報酬を目指して、イベント期間中にログインやプレイを促す仕組みが頻繁に登場します。

🔹 代表的なソシャゲの例(2020年代


🔸 注意点

  • 課金のしすぎに注意:一部のユーザーは数万円〜数十万円課金することもあり、「ガチャ課金」が社会問題になることもあります。

  • サービス終了リスク:運営会社の判断でゲーム自体が終了する可能性もあります。


✅ まとめ

ソシャゲとは、スマホ向けの基本無料ゲームで、ガチャや他プレイヤーとの交流を中心に楽しむゲームのこと。

 

これはAIに投げて作ってもらった文章です。いつもありがとうございます。

 

ソシャゲは「基本無料」というのがミソでして、世の中には、既に多岐に渡るメディア展開と一定のファンをもっている巨大コンテンツがそこそこあるのですが、

マンガやアニメなどはファンを増やすものとしては大きな影響力をを持つメディアなのですが、それだけで戦えるほど現代の日本のコンテンツ競争は甘くありません。

その為、アニメ・漫画が原作の作品でも2.5次元の舞台をやってみたり、カードゲームを作ってみたり、原画イベントをやってみたり、声優たちがLIVEで踊ってみたりするのですが、中でもゲーム化というのはコンテンツ界の金脈ではないかと思います。

ゲーム内でもらえる所謂ガチャ石は、言うなれば原価0円ですから。開発と維持費はかかったとしてもあらゆるコンテンツがソシャゲ化する理由がわかりますね。

 

僕のソシャゲ全盛期は小、中学生の頃であり、他の娯楽は大して無かったため、ジャンキーの如くゲロハマり。

部活動には所属せず友人と遊ぶ事もせず、学校が終わると一目散に家へ直帰、「スクフェス」「パズドラ」「モンスト」など余ったスタミナを消費するのは当然であり、ゲーム内イベントでユーザーランキング5000以内を取ったことを誉れとする。24時間スマホを持ち歩き、息をするのと同じようにクエストに潜っていました。

またプレイヤーの上位層、所謂イベントトップランカーの大人をTwitterでフォロー、ツイートは常に監視していました、界隈オタク特有のユーモアは現実にも浸食を始めており、リセマラ、詫び石、フルコンなどの語彙はこの環境で育まれました。

さらにTwitterでウケる為に工夫を凝らしたツイートを大量生産、界隈で影響力のある人間からの”いいね”を貰い一喜一憂する。廃課金している、相手の社会性も知らない状態で大人達から”お墨付き”をもらう事でなんだか自分も大人になった気がしちゃったりする。

真面目で夢見がちなソシャゲ少年が初めて自由を手にしたのは、インターネットで自分のアカウントを作った時だったんですね。

Fate/Grand Order

一月の『Samurai Remnant』コラボがやっている時期から『Fate/Grand Order』を始めてました。

上記でも書いた通り、十年前にソシャゲにハマっていた時期は生活の全てを犠牲にし、ソシャゲ最優先で生活してしまっており、その後は他にやりたい事もあった為、ソシャゲを始めると可処分時間が恐ろしく食われるという恐怖があり、長らく遠ざかっていたのですが。

正直今更FGOを始めるなんて遅いよなぁ。。。という気持ちもありましたが、

でも僕…メダリストを観て、何かを始めるのに遅いなんて事は無い。って知ってるから

 

FGOでも2024年夏にTYPE-MOONタイプムーン)所属、原作者の 奈須きのこ先生 がシナリオライターを努める大型イベントという事が先行発表されており、それまでにストーリーを最新まで進めましょう。と公式からアナウンスがありました。

それに伴い初心者でも始めやすいように様々な無料キャンペーンを行われており、始めるタイミングとしては悪くなかったと思います。(今考えると、半年でオーディール・コール到達はかなりキツい気もするが...)

ストーリーだけですが、ちまちま進めて半年ぐらいで最新アップデートのストーリーまで追いつけました。本当に面白い。

 

僕が好きなのは『神代巨神海洋アトランティス』『妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ』辺りですね。

 

『メダリスト』

フィギュアスケートを題材にしたマンガ原作のアニメ版となります。

フィギュアスケートやピアノ、ジャズ等のまだ自分の意思もはっきりしていない頃から始めるスポーツや芸術の世界の周囲からの期待と重圧は凄いですね。

メダリストの凄いところであり、努力や才能とは別軸の、金銭問題や実績に伴う人気、周囲からの羨望やそれに伴う人間関係のねじれなど、爽快なフィクションでは描かれない生々しい問題もリアルに描くところかと思います。

いのりが、自責的な思考や他人の想いまで乗せて、”自分事”に出来るようになるまでの過程の描き方が絶妙すぎる。そして本当はそういう思考ができる強い子だと母親が気づくのも良い。目標に向かって誰かの為でなく、自分の意志で努力する決断をする。

「勝てば正しくなる。 悔しさも、自分が間違っているんじゃないか、って思いも、勝てば正しくなるんだよ。 それには勝つしかない。 勝つには強くなるしかない。」

夏目友人帳

僕の中で神谷浩史と言えば、夏目、阿良々木なんですね。

特に僕は7話のキツネの少女の話が好きです。

ここまで少ない登場人物であのノスタルジックを描き切る2000年代のアニメの雰囲気好き。

そういえば、中学校の同級生が異常に夏目友人帳が好きだった事を思い出しました。

幼稚園の頃からの付き合いであり、不良だった彼は部活もしていなかった為、放課後は近くの運動公園でよく花火をしたり、友人の家でスマブラをしたり、デュエルマスターズをしていた。

そんな地元の友人たちと運動公園の休憩所で夜遅くまでしょうもない話をしていたころのような雰囲気を感じるアニメです。

口内炎は二個ある。他には何も無い。日記2025-4-21

4月から職場環境がかなり変わったのですが、毎日のように残業続きで転職しようか悩んでいます。

世の中のサラリーマンはやりたくもない仕事で精神をすり減らしながら働き、口では文句を言いながらも、なんだかんだ納期の為に残業して、やりがいや美徳を持てるし、仕事を好きになれる事が羨ましいなと感じます。僕はそういう長く時間を過ごしたからこそ湧く愛着という感覚があまりないです。

毎日駅の人が溢れるホームで端に追いやられ、線路沿いスレスレを歩きながら(もういいや…このまま死んだって…)って考えがよぎる。鬱病しか乗ってない『キミシダイ列車』ですね。

しかし、現実がオワコンであればあるほど、フィクションへの傾倒は高まっていく。その為、隙間時間を利用して狂ったように作品を視聴して現実遊離感で狂い散らかす事で帳尻を合わせようかと思います。

『ライオンの隠れ家』

ライオンは過酷な自然界でプライドという群れを形成して家族を守ります。そのキーワードを主軸として描かれる2024年に放送された家族ドラマですね。

1話から主人公の負担がでかすぎて胃がキリキリしてしまいましたが、後半では主人公が真面目すぎる故に家族に対して過保護になりすぎている、みっくん(アスペ持ちの兄弟)を信じきれないでいるという事が浮き彫りになってくる構成も面白いです。

「 この人は自分の負担だ」と思いながら接するのって、押し付けがましさや、相手を舐めてる事にも繋がるというのがリアル。みっくんを1番保護してたのが主人公だったみたいな

『最高の勉強法』

を読みました。

『僕たちは勉強ができない』つってね、中学生の頃から成績は悪かったし、高校も家から近いという理由で中の下ぐらいの偏差値の高校に通い、大学も適当に決めた人生でした。

「そう生きてきたのだから、そういう人生をなんだかんだ肯定している」という考えは自分には全く無く、

勉強なんてすればするほど良かったと今なら思うし『ドラゴン桜』を読んで感涙し、『五等分の花嫁』を読むと確実に五姉妹へ共感するタイプです。

本の詳細は省きますが、「勉強の仕方」を学ぶ本なので、それこそ勉強素人の自分にこそ合っている、進み方を示してくれる本として、自分と同じレベル(失礼)の友人たちに一番におすすめしたい本ですね。

『シャングリラ・フロンティア』

ワンピース アラバスタ編の表紙みたいな構図

MMORPGをベースにしている為、『ログ・ホライズン』や『ソードアート・オンライン』のように、「ゲームで死んだらリアルでも死にます」というデスゲームのような仕掛けがあるのかと思いきや、

特にそんな事も無く、複数のゲームを渡りあるきながら、シャンフロというメインゲームを攻略していくというやり方が新しく、作画コストがかかりそうな場所も令和クオリティで丁寧に描写されているのが単純に凄い。

別ゲーの技術やノウハウをシャンフロにも取り入れていくというやり方は作者がゲーマー故なんだなと思います。

エムルというメインヒロインのケモノが、あざとくも王道で可愛い。昔のオンラインRPGを遊んでいたおじさん達って妙にケモノ好きが多いような気がしますが、なにかそういう元ネタ的なゲームがあるんでしょうか?マビノギ?メイプル?ラグナロクオンライン
シーズン2も引きの良い所で終わった為、シーズン3が待ち遠しいアニメの一つですね。

薬屋のひとりごと

新シーズンが始まった時に、ちょうど前回分ももう一度視聴しました。

やはり推理ものの流れを踏襲してるだけの事はあり描写の一つ一つ丁寧でテンポ感が良い。さらにこれはどこでも言われている事だとは思いますが、猫猫の声を担当している悠木碧さんの演技がめちゃくちゃハマっていますね。

僕は主人公がボソボソ言うアニメ(実際には脳内であれこれ考えている描写)を中心としたアニメが大好きで、『化物語』『夏目友人帳』『氷菓』シリーズなど、そのあたりのリメイクが次々ときていて本当に嬉しい限りです。

さらに腐女子、夢女子向けの無双アニメなのも良い。猫猫は無気力ではあるが興味のあるものへの探求心が人一倍なしごでき有能美少女(普段は”あえて”地味な格好をしており誰もが憧れるイケメンからも好かれる)という最強属性を持っていますから。

アニメキャラに影響される。という文脈は昨今の冷笑系インターネットでは馬鹿にされる風潮があります。もちろん”若さ故の過ち”とシャアは言ってましたし、あの痛さもいずれ卒業する日が来ますが、

客観視と冷笑に偏りすぎると本当に楽しい時にそれを人生に落とし込めず(なにも趣味が無い、誰からも興味を持たれない。)と心で叫びながら、「誰にも期待してないんだよ」と浅いニヒリズムをヘラヘラ垂れ流すだけになるので、

それこそ人格に影響を与えるほどのなにかに夢中になれたあの頃が、かげがえない時間だった事に今更気づくんですよね...

youtu.be

「すげぇ。この人ジャズを信じてんだな。」日記2025-3-16

僕は基本的に仕事でもプライベートでもPC作業をする事が多いのですが、その時に紅茶とお菓子を用意する事で幸せの”格”を底上げしています。

下記はマリアージュフレイルというブランドの紅茶と自分で焼いたクッキーですが、これを一生食べているので、部屋が令嬢の部屋と同じ匂いがします。

これが令嬢のたしなみです。読者の方で令嬢になりたい方がいたら家のレンジを買う時はオーブン付きのものを買いましょう。オーブンは適当に鮭や野菜を焼くだけで美味くなります。

という訳で、たまには”生活”っぽい画像を上げる事で、中の人間がいる事をアピールしつつ、今月の日記を書こうと思います。

『グランメゾン東京』

面白く見やすくて一気見しちゃいました。

久しぶりにキムタクを見たんですが、キムタクだな~という感じでした。単体で絵が持つというか、「”あの男”が騒動を引き起こす~」というひきでもちゃんと面白い事が始まる感を出せるのがすごいな。尾花夏樹が「黒猫のタンゴ(ライバル料理人)が~~」と言い出した時は、キムタク指数が250%オーバーになっていました。

三つ星を狙うプロ料理人の話なのですが、癖もなく王道のストーリーながらもキャラクターごとにちゃんと焦点が当たるし、料理も全てガチガチに完成度が高く、こういうのでいいんだよ、という感じで良かった。

ザ・ファブル

「プロとして━━━」

殺人のサヴァン症候群という設定だけで、もう面白いですね。

ファブルは独特の間というか、シリアスとコメディのギャップが絶妙で良いんですよね。────を使用したファブル構文と言われる会話が、淡々としていながらどこか生々しい、最強故に無機質なキャラって良いよね。

佐藤明の↓Bは「団地の下の階に飛び降りる」です。

BLUE GIANT

アニメ映画版を観ました。

 

素晴らしい映画でした。

僕は天才ともてはやされている秀才の人間が、本物の天才を目の当たりにして、自分が本物ではないとわかり苦悩するという物語が大好きです。

☆今から偉そうな事を言いますが悪意を持って言っているわけではなく、むしろ優しさに到達する為に必要な価値観の一部だと思っているので怒らないでね☆

「天才」という言葉は現代では安売りされている傾向があり、芸術系のどの分野の雑誌を読んでも毎週のように天才が現れていますが、そのほとんどが僕の中で思う「天才」の定義に当てはまっていないです。

僕の思う「天才」は、特異性を持ち一切苦せずして実力を得た人間であり、BLUE GIANTで言えば、努力する事も挫折や懊悩も楽しめ、栄光や賞賛ではなく単純に自分の好きだけを信じて打算や見栄も無くジャズに打ち込む(主人公)宮本大のような人間なんですよね。端的に言うとジャズ狂いのイかれたやつです。

大と対比し、ここで秀才だと定義したいのは、靴底と魂を削り、苦悩しながら、努力と積み重ねで実力を勝ち取ってきた、そんな泥臭い人間である沢辺雪祈なんです。

 

凡人は秀才を天才と呼び、天才を理解できない

秀才は天才の才能に嫉妬し、凡人をナメている

天才は秀才を気にも留めず、凡人を理解したがる。

 

これはオタクが好きな方程式の一つです。最高のポケモンみたいだ

「でも…俺は音楽を…ソーブルーをナメたことは一度もありません」

と豪語していた沢辺雪祈が、ソーブルーの支配人に「客をナメている」と説教されるグロテスクさ。雪祈はそれを「すげぇな」と認めソーブル―の凄さを実感する。

その後にお客さんとして自分たちの演奏を見に来ていた豆腐屋にサインしに行くシーン。本当に素晴らしい。

それまでは、どこか自分の中身をさらけ出せない、心のそこでは自分に自信がないから深く自己開示できなかった雪祈が、自分の全てをさらけ出す音を奏でる、作中では内臓をひっくり返すような音楽をすると表現されています。

ジャズは感情の音楽という初めの言葉がここで生きてくる、ここがこの映画で最も美しいと感じました。

ちなみに”秀才と天才”の関係では、NARUTOのサスケとナルト、アイシールド21阿含と雲水、ハイキューの及川と影山、鬼滅の刃の継国巌勝と縁壱、氷菓の奉太郎と里志、

ピンポン、ウテナ、かげきしょうじょ、最近だとブルーロックやメダリストもこういう表現があったりします。天才に挫折しながらも、才能で叶わないと直感していても、勝利をつかみ取る為に全てを尽くす、そんな”秀才”達が輝く理性的な激情の美しさを信じましょう。

 

「ノーカン!ノーカン!ノーカン!」日記2025-1-31

年に一度、精神が強制的に社会に参加させられるイベント。それがクリスマスと年越しです。

誰からも見向きもされなかった十月、十一月、孤独感を感じていたはずの人々も、M1、冬コミ、紅白など、それまで興味が無かったはずのジャンルに一喜一憂させられ、クリスマスに彼女がいなかったり、年明けに初詣に行かなかったりするだけで、まるで自分だけ社会から取り残されたかのような焦燥感に襲われてしまう。

もちろんそれは勝手に感じているだけ。そんな事に心のリソースを割きたくないのならば、SNSを絶ちインターネットから距離を置き、家から一歩も出なければ済む話ですが、それはとても強固な精神力「黄金の精神」が無ければ、人は世間体という魔力を帯びた強制力に抗う事は出来ないのです。

※黄金の精神とは、『ジョジョの奇妙な冒険』に登場する言葉である。ここでいう黄金の精神とは具体的に...

・いかなる困難をもはねのける精神力

・自身の矜持と責任に殉じようとする覚悟

・自分の宿命をありのままに受け入れる潔さ

等の事を指します

「『覚悟』とは!!暗闇の荒野に!!進むべき道を切り開くことだッ!」

しかし逆説的に、意思の弱さを降伏する事が出来れば、それだけで人は孤独を乗り越える特異な人間にもなれるという事実を指し示しています。

根性論がステレオタイプだと揶揄されるようになったこの時代において、メンタルが弱いと自認した方があらゆるメリットを享受できるこの時代において、それでも自らの精神力を信じ続ける頑固な心こそ、あらゆる社会の同調を跳ねのける強靭な自我を作り上げる。

 

 

 

 

 

つまり、プライベートでも文章を書く事を再開したので、また続けられたらいいな。という話をしています。

同調圧力に抗う事も良いですが、エコーチェンバーで偏見を固めてしまう恐れがあるので、ちゃんと実家に帰って、こたつで家族と談笑してペットを撫でながら紅白は見ましょう。

ジョジョの奇妙な冒険

僕の趣味の一つにマンガがあります。

僕は二人いる兄の影響で小学生になる以前から週刊少年ジャンプひいきの少年であり、ジャンプの有名作品はだいたい通ってきているのですが、ジョジョに関してだけは浅い。リアルタイムでも追えてないし、マンガも小さい頃に五部ぐらい?まで読んだきりで、ストーリーはほとんどうろ覚えです。

しかし、社会で感じるジョジョ作品を取り巻く雰囲気や空気感を感じると、自分も好きなタイプの作品世界観である事はわかります。その感覚が辛い。僕も仲間に入れてくれ。と思っていたわけではなく、本当にただ暇だったので去年の夏からアニメ版ジョジョをボチボチ観ています。

特に四部の雰囲気が好きです。

世界を股にかけるような壮大さはないが、日常に潜む恐怖、殺人鬼、宇宙人、幽霊等、シリーズの主軸となっているスタンドとは違った要素が、慣れ親しんだ自分の町というスケールで深まっていく、そんな生活の延長にあるような不思議な冒険。

荒木先生はこういう広がりを持たせるのが上手いと思います。

特に吉良吉影が良い。

バイツァ・ダストが強すぎて強制的に成長させられる川尻早人も良い。

四部主人公の仗助が影が薄いと呼ばれる事が多い原因は、康一くんと川尻早人が強固な黄金の精神を持っていたからという風潮。

それにしてもアニメ版の杜王町は色味が日本じゃなさ過ぎてウケるな。

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【警告】

これより先、読んではいけない

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逆境無頼カイジ


アニメ版カイジを観ました。

特に僕のお気に入りシーンは一期の兵藤との最終対決後に、車の中でカイジが兵藤のトリックに気付くシーンです。

カイジたちは自分たちでトリックを用意してけしかけた最後のギャンブルで、クジをティッシュボックスの横に仕込むというイカサマを兵藤に看破され負けるのですが、

仲間たちが兵藤会長の勝つべくして勝つように勝負するギャンブラーとして一流の洞察力への畏怖と、強大な敵に戦いを挑んだ事を後悔を抱いている時。

カイジだけは兵藤の作った小さな隙を考察、指摘して、「俺は勝てた」と言いながら強大な敵へのリベンジを心に誓うんですね。

ここはカイジの凡人とは違う”勝負師”としての才能と異常性を感じられて好きです。やはり兵藤会長とカイジはそういう点では似たもの同士なのでしょう。

兵藤会長も若い頃は善意を人に向けて騙されてきたというような描写がありますし、やはりカイジのIFの未来という男なのかもしれません。

 

地元から抜け出した者達が視る幻影 (日記12月)

『地元から抜け出した者達が視る幻影』

僕が生まれて初めて地元から離れたのは、ちょうど二十歳の頃である。

当時の僕は、高校卒業後東京の大学に行きたいと進路相談の先生に相談したが「なぜ東京でないといけないのか」「それは地元の大学でも出来る事じゃないか」「そんな生半可な思いで上京しても一年後には大学を辞めてとんぼ返りする事になる」と散々反対された挙句、その先生にオススメされた特に特別行きたかった訳でもない大学の夏季入試をうけ、適当に進学したのだ。

こう書くと先生が悪いと言っているように見えるが、当時の進路担当の返答はまともであり、僕が大人方から一切信用を得ていなかった事も大きな原因の一つである。

結局僕は大学に2年次に休学、1年間上京する事となり、この頃が人生で一番楽しかった思い出となった為、その後地元に帰って大学を卒業した後も再度上京する事になる訳だが。

”やりたいようにやらなかった”という事は、生涯呪いとなり自分の自尊心にスリップダメージを与え続ける事となる為、うるせぇと一喝して我儘を通すべきだったのではないかと思います。

ただこういう事を言ってはなんだが、地元を抜け出して辿り着いた場所が必ずしも理想郷であるとは限らない。

自分の場合は、いわゆるサブカルと呼ばれているようなジャンルの趣味があったり、ネット友達が東京に集まっていたり、そもそも地元特有の閉鎖的な人間観や実家での家族とのしがらみが嫌いであった為、元々東京で暮らしていた方が性に合っているタイプである。

つまり感性がインターネット由来なので、厳密にいえばインターネットに移住したいのですが、仕事をしなければならない故にインターネットに一番近い都市こと東京に移り住んだのです。

しかし、そうではない上記のような情報の共鳴度が低い人に上京をオススメするかという場合、私はあの時の進路担当と同じような言葉を吐いてしまうかもしれません。

東京という都市、インターネットのノリに馴染むというのは現代若者なら学生時代に一度は経験するかと思いますが、40,50代までそのままのムーブができる強者は一握りです。

もちろん地元より給料が高かったり、出会える人は多いし、なんでもあるし、人間関係の閉鎖感はないし、家族のしがらみから抜け出せるし、都会特有の利便性はありますが、上京はあくまで”手段”でしかありません。

『何故住むのか』を明確にせずにした上京は割と寂しさと空虚感にあふれるので、みんな注意してね。

『葬送のフリーレン』

『葬送のフリーレン』全話見ました。

この15話「厄介事のにおい」のアニメーション描写が良すぎる。

「ガーベル、シュタルクに作法を叩きこめ」

このフェルンとシュタルクの微妙な距離感と、オルデン家の父と息子の微妙な距離感を描くのが上手い回なんですよね。

特にシュタルクとフェルンが踊るシーンの表情の変遷と音楽の使い方は、良い意味で今っぽくないというか、説明臭くなく、アニメーションだけで魅せてやるという気概を感じられてとても好きです。

原作で一コマのみだったこのシーンにあのフェルンの表情変化をいれてくれるのは粋ですよね。本当にこういうのが増えてくれ。

今季は他に僕がハマっていたアニメ『薬屋のひとりごと』でも親子関係の尊さと是詰めような距離感がねっとりと描写されていた為、二年ぶりに実家に帰ってやろうかなという気持ちにはなりました。

鉄鍋のジャン!』

 

鉄鍋のジャンを全巻読みましたー。ふふっ、ウケますね。

※ちなみにこの凶悪な顔をした右の人がジャン(主人公)です。笑い声は「カカカカカカ」

鉄鍋のジャンでは、主人公のジャンがホオジロザメシュモクザメが入ったサメ水槽に入りサメを蹴り飛ばして水揚げしたり、会場の金網を破壊し調理器具作ったり、冷凍庫の中に篭もり氷漬けになって出てきたと思ったら大量の注射器を抱えていたりします。

とにかくぶっ飛んだシーンが多い主人公で有名なマンガですが、どれだけ悪意を持っていても自分の舌を裏切ることのできないツンデレヒロインの大谷日動がいる事でジャンは勝利をつかんでいきます。

さらに、監修であるおやまけいこさんの料理知識が凄まじく、巻末にある解説コメントが面白いのも好きです。

読んでくれ

「なりたいようになればいいじゃん」(日記9、10月)

『セントエルモの炎』

さて、

 

広い海での生死を分けた航海、荒れ狂う波の中、船乗り達は霧の中に炎を見る。

彼らはその炎を目印に目的地を目指すが、実際にはそんなものは彼らの心の中にしか存在せず、他の者には何も見えない。

船乗りの伝承での「セントエルモの炎」とは、自らの”意思”の象徴である。

人間が心の炎を消さない限り必ず目的地へたどり着けるのであれば、自分にとってのセントエルモの炎とはなんなのか。

 

 

そう…それは……

しゅごキャラ!』

 

「なりたいようになればいいじゃん しゅごキャラがついてるよ

やりたいようにやればいいじゃん なんだってできるよ」

しゅごキャラです。俺たちの炎=しゅごキャラ!の事なのです。

最近は『しゅごキャラ!』にハマっていて、第1期から順序よく見ていっているのですが、これがすごく面白い。

2000年代にやっていた女児向けアニメで、主人公の雛森あむは、ある日不思議なたまごと出会い、たまごの中からはしゅごキャラと呼ばれる"なりたい自分"を具現化した存在が生まれる。

しゅごキャラ!の力を借りて、みんなの夢(可能性のたまご)を同級生たちのガーディアンと共に守っていく。

しゅごキャラ!』に出てくるしゅごキャラとは"なりたい自分"の化身であり、自分の可能性のひとつなんですよね。

11話ではあむちゃんが憧れていた”王子”こと辺里唯世(ほとりただせ)君が主人公のあむちゃんが”キャラ成り”した姿アミュレット・ハートに恋をするのですが、主人公の成りたい可能性の姿である変身後に恋をするというのが良いですよね。このあたりから物語に深みが増していった気がします。

さらに注目したいのが無印23話「リメイクハニー!なりたい自分!」です。

この回ではそれまで敵キャラとして登場していた二階堂先生の過去がフューチャーされます。いわゆる2クール目のラスボスのような存在ですね。

二階堂先生に、なぜ”可能性の妖精”であるしゅごキャラが視えていたのか。(普通の人には視えない)

時折みせる罪悪感に苛まれる描写の意味とは。

この作品において大人たちは自分の可能性を諦めてしまった存在として描かれていくのか。

2クール「しゅごキャラ!」と向き合ってきた視聴者たちの疑問に、満点の回答をしてくれる回であり変わる事の怖さ、変われる事の強さ、変わらぬ思いの美しさというテーマ性を掘り下げた神回だと個人的には思います。

人間は大切な事でも忘れていく生き物です。

何度でも原点を感じられる作品を見返すというのは、”なりたい自分”をもう一度再考するきっかけになるのではないでしょうか。知らんけど

文学フリマ

文学フリマに行ってきました。(作家ではない一般の人が自主的に本を作って売るフリマイベント)

 

ところで、今の時代は本を作ったり文を書く事が誰でも手軽に出来る時代だと思うのですが、これは良い事だと思うでしょうか。

例えば、不用意に情報を発信する事で自分が伝えたかった意図とは全く違う形で情報が伝わったり、プライバシーが脅かされたり、虚飾に塗れたSNSを見て精神を病んだり。

そういうデメリットをひっくるめても文章を手軽に書けるというのは、良い事だと僕は思います。

むしろ、文章を通しての自己理解と内省、感情というボールを壁打ちしまくる一人ラリーだけでこそ救われる人間たちは確実にいて、そんな孤独な戦士に与えられた理想郷こそがインターネットだと言いたいぐらいです。

 

 

いやそんな事ないな、嘘です。インターネットはクソです。好きな作家が言っていましたが、インターネットは嫌なニュースを嫌なニュースで塗りつぶす最悪の油絵です。今すぐ辞めましょう。

 

 

すみません。文フリの話でしたね。

僕が他人の文章を読む一番の理由は、”他人の頭の中にある未知を知りたいから”です。

しかし、これはインターネットと相性が悪い。インターネットは今や社会から外れた無法場ではなく社会の一部となり、社会性は高まれば高まるほど、感情の機微を均されて、負の感情は飲み込むしかなくなる。

”誰も傷つかない為なら誰かの楽しみを奪って良い”という考えが許容されてしまうのは集団活動では仕方のない事であり、別に悪い事ではないと思うが、全員同じ道徳を強要されるような圧力を感じてしまう。

その結果、例えばだけど他人を傷つけないよう的を得ていない言葉をだけを見続けて、自分の短所をはき違えるというような認知のズレが発生してしまうような気がする。それは健康的な心理状態と言えるのだろうか。

そういう認知のズレが怖い。グルーミングをし合っていても、はたして僕は幸せになれるのだろうかというような漠然とした不安が襲ってくる。

 

そこで、お金を払わないと見れないローカル的な文章に自分の気づきをぶつけるのです。

わざわざお金を払ってくれるようなファンが自分のナイーブを理由に水を差したりするのはあまり考えられないので、物書きも好きな事を自由に書ける。

買った本の感想は別の記事で書こうと思いますが(身バレしたくないので書かないかもしれない)そういうローカル文章で書かれている事こそ道徳や社会性や炎上対策や好感度調整の無い、素材本来の味を生かした料理であり、感情の機微を繊細に表現していると僕は信じているのです。